おるたな気分

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ただ好きを発信する

マインドセット、セルフイメージって人生変わる

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日々の業務に加えて、マインドセットの時間が大事だとよく言われます。

うまくいかない時に「弱音」を吐くと、

それはセルフイメージが低いからだと言われるのですが、

私はいまいち納得できなかったんですよね。

そうかそうかとならなくて、、、。

 

「気の持ちよう」だと言われているようで、

結局は精神論かよと思ってしまっていたのです。

 

例えば病気になった時、

気の持ちようでどうにかなるって言われても納得できないじゃないですか?

薬を飲んで、栄養ある食事を摂取したりして

何か手を加えることによって改善するんだと私は思うんですね。

 

そのマインドだから、セルフイメージとかマインドセットとか言われても

それがどのくらい影響があるのかわからなくてしっくりこない。

 

という話をしていたら、だからダメなんだと言われました。

その理由がなんとなくわかったので記事にしたのです。

 

未来は誰にも予知できない。

その中でも可能性を信じてやっていくしかない。

絶対に成し遂げるんだという気持ちでやるんだよ。

結果目標に届かなかったら仕方ないけど、

最初から未来はわからないからと尻込みするとそれまでの結果だよと。

 

目標を公言した時に、

「絶対それできるの?」と聞かれたら尻込みしてしまうのです。

絶対って言われると、それは無理かもしれないと思って

より小さく、達成できそうな目標にサイズが変わってしまうんですね。

 

達成できそうな目標がダメではないんだけど、

成長スピードが遅くなるし、

そんなマインドじゃ【その目標】すらも達成できないと。

 

「絶対それできるの?」と聞かれた時にどうしたらいいかなんですが、

その時に、、、

私はこれだけのことをやりました。

だから達成できるだけの根拠、行動があるから大丈夫です。

と言い切れるだけの努力が必要なんです。

そして、この努力するためのモチベーションがセルフイメージなんです。

 

つまり、「できる」「達成できる」という自分をいかにイメージしてやれるか。

もうそれだけんなですよ。

行動目標はあくまでもそれを達成するための手段のひとつ。

 

どんな気持ちでその行動目標に取り組むかで結果は変わるのです。

たぶん。

 

私はまだまだマインドセットができていなくて、

少しでも上手くいかないと可能性を信じれなくなってしまうんですよね。

感情はあまり表に出してないつもりですが、

発言に出てきているみたいでよく指摘されます。

 

未来は誰にもわからないです。

世の中に、絶対なものはないです。

ただ、その絶対というものを信じて進み続けられる人が成功するのかなと考えました。

 

どんなことでも、50%の確率です。

「できる」か「できない」かの二択です。

だったら「できる」の可能性の積み重ねで確率を上げる方が良いですよね。

 

できなかった時のダメージは大きいかもしれない。

これだけのことをやったのになんで?と心を打たれるかもしれない。

でもそこから学ぶこともあるんだぜ。

その価値は大きいんだぜ。

と自分に言い聞かせました笑

 

【終わり】

 

 

 

 

 

 

 

 

要求満たしたかったら関心は少ない方が良いよねって話

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必死さは時に自分の首を締めることになると思います。

どんなに情熱的に伝えたって、

その思いが伝わらずむしろマイナスに働くことがあります。

 

「交渉は常に関心がない側が勝つ。」

最小関心の心理(法則・原則)というものです。

人間関係において、相手に関心が薄い方が主導権を握るのです。

 

メンタリストDaigoさんの動画を見ていた時にこの言葉が出てきました。

関心がない側は譲歩する必要がないから有利ですよね。

相手の要求に対して、「別に、、、」という対応ができますから

何としても望みを叶えたい側は不利になるというわけです。

 

例えば、男女間の中で「追う側・追われる側」というのがよく出てきます。

追うよりも追われる方が良いというのは、

最終的な決定権が「追われる側」にあるからですよね。

 

多少無碍な扱いをしようと、相手はアナタのことが好きだから離れないし

無理なお願いでも我慢して満たしてくれるでしょう。

交渉という言葉とは少し違うかもしれませんが、

求める側が不利なのは確かですね。

 

好きってなんでしょう?想像するだけで苦しくなってきました。

 

俗に言う「魔性の女」はこの辺戦略的に使っていると思います。

恋は盲目、、、好きだったら許してしまうのかな。

 

交渉ってビジネスの世界でもありますよね。

私も中国相手に仕事をしているので「交渉」というものは欠かせません。

 

なるべく私達の要求に答えてくれる取引先を探すのですが、

相手も商売ですからね簡単には応じてくれないです。

 

代行業者を通してロット数(最低注文数)の交渉をしたのですが、

希望の数字には応えてくれなかったです。

この場合、完全に私が「追う側」です。

 

世界を相手にする中国の工場からしたら、私なんてたかがしれてますから。

 

対策としては、取引先をひとつに絞らないでいくつか持っておくこと。

「ただ聞いただけですけど、、」スタンスでいくのが一番です。

 

仕事も恋愛も”余裕”が大事。

ホントはむちゃくちゃ興味・関心があっても、

あえて関心がない態度をとることで有利になることもあります。

 

テクニックのひとつとして使ってみてはいかがでしょうか?

 

 

自分を知るということ。

 

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迷ってばかりいてフラフラしている人というのは、

自分の立ち位置が分かっていない人。

自分が何者であるのかもわかっていない。

だから「自分探し」が好き。

永遠に自分を探している。

 

しっかりしろよとか、もう少し客観的に物事を見なくちゃって言うけどよくわからない。

これが良い、あれが良いと色んなものにペンディングしながら歩いていく。

そう「自分探し」が好きなのは私も同じだから。

 

「もうどうしたらいいかわからないんだよね」

と投げやりな問いかけに上手にアドバイスをしてくれた人がいた。

 

客観的に自分をみる方法はいくらでもあって、

色んなことを試しながら知っていけばいい。

そんな彼女の話の中で一番印象に残ったことを書く。

 

「あなたが得意(好き)なことは何か?」

そう聞かれて私は陸上と答える。

 

恋は盲目の少女なみに陸上競技に溺れた中学生時代。

全てのエネルギーを注いだんだ、人並み以上に好きという感情は強いはず。

 

「じゃあここでその得意なことについて話してみて。なるほどなとタメになる話」

 

そう聞かれて私は急に口どもってしまった。

確かに陸上は好きだけど、いざ話してとなると何を話せば良いのかわからない。

自分が話したことが面白くなかったら?

誰でも知っている当たり前のことだったら?

得意げに話した自分が恥ずかしい。

そんな思いがよぎり何も言えなかった。

 

「確かに陸上が好きだけど、そんな深い話はできないかもしれない」

そう発言した私に対して彼女はこう言う。

 

「それは話してみないとわからないよね」

 

確かに。

自分の話した内容がどの程度のものか?

そんなことは言葉にして話してみないとわからない。

 

自分が得意と思っていたことでも、話してみると案外そうでもなかった。

みんな知っていて、ただ得意(知っている)と自分で思っているだけだった。

そんなこともあるだろう。

でもそれは口に出してはじめてわかること。

 

相手から指摘されて、周りの反応を感じてはじめてわかること。

それが自分の立ち位置を知ることだとその人は教えてくれた。

 

大した内容のものではないかもしれない。

つっこまれて答えられないかもしれない。

 

その事実を知ったとき、ダメだと思い終わってしまうのか、

ここがわからなかった悔しい!と原動力にして邁進していくのか、

どちらを選ぶかは個人の勝手であるが、そうやって人は成長していくのだろうと考えた。

 

自分の意見・考えを述べるのは正直こわいものがあるけれど、

それではいつまで経っても「自分の立ち位置」がわからない。

 

何がわかって、何を知らないのか。

それがわかってはじめて自分がわかるのではないか?

「自分を知る」とはそういうこと。

 

 

 

 

ただ文章を書きたくて。

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ブログっていうものはもっと気軽で、

素直に思うことを吐ける場にしたい。

 

「お前の記事は面白くない」

「そこらへんの記事をコピペして集めたものの方が面白い」

「ただのレポート記事」

そんなことを言われた経験があって、もう記事なんて書きたくないと思った。

 

見られることを意識して、自分の言葉というよりは

無難で当たり障りのない言葉を使って書いていた時期がありました。

 

言いたいことはわかるがなんだか面白みに欠ける記事。

自分の言葉は何処に?というように、私の言葉はそこになく

ただあるのはどこかで見たような言葉の羅列。

「そこらへんの記事をコピペして集めたものの方が面白い」

確かにそうかもしれない。

 

文章を書くことが好きだったのに嫌になってしまった。

私は何を意識しているんだろう。

人の言葉なんてそんなに重く受け止めることなのか?

そう思うようになって、もう一度文章を書くことにしました。

 

以前使用していたサイトはお休み。

新しくこの場所でひっそり書いていく。

 

「ただ文章が書きたくて」