おるたな気分

おるたな気分

ただ好きを発信する

自分を知るということ。

 

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迷ってばかりいてフラフラしている人というのは、

自分の立ち位置が分かっていない人。

自分が何者であるのかもわかっていない。

だから「自分探し」が好き。

永遠に自分を探している。

 

しっかりしろよとか、もう少し客観的に物事を見なくちゃって言うけどよくわからない。

これが良い、あれが良いと色んなものにペンディングしながら歩いていく。

そう「自分探し」が好きなのは私も同じだから。

 

「もうどうしたらいいかわからないんだよね」

と投げやりな問いかけに上手にアドバイスをしてくれた人がいた。

 

客観的に自分をみる方法はいくらでもあって、

色んなことを試しながら知っていけばいい。

そんな彼女の話の中で一番印象に残ったことを書く。

 

「あなたが得意(好き)なことは何か?」

そう聞かれて私は陸上と答える。

 

恋は盲目の少女なみに陸上競技に溺れた中学生時代。

全てのエネルギーを注いだんだ、人並み以上に好きという感情は強いはず。

 

「じゃあここでその得意なことについて話してみて。なるほどなとタメになる話」

 

そう聞かれて私は急に口どもってしまった。

確かに陸上は好きだけど、いざ話してとなると何を話せば良いのかわからない。

自分が話したことが面白くなかったら?

誰でも知っている当たり前のことだったら?

得意げに話した自分が恥ずかしい。

そんな思いがよぎり何も言えなかった。

 

「確かに陸上が好きだけど、そんな深い話はできないかもしれない」

そう発言した私に対して彼女はこう言う。

 

「それは話してみないとわからないよね」

 

確かに。

自分の話した内容がどの程度のものか?

そんなことは言葉にして話してみないとわからない。

 

自分が得意と思っていたことでも、話してみると案外そうでもなかった。

みんな知っていて、ただ得意(知っている)と自分で思っているだけだった。

そんなこともあるだろう。

でもそれは口に出してはじめてわかること。

 

相手から指摘されて、周りの反応を感じてはじめてわかること。

それが自分の立ち位置を知ることだとその人は教えてくれた。

 

大した内容のものではないかもしれない。

つっこまれて答えられないかもしれない。

 

その事実を知ったとき、ダメだと思い終わってしまうのか、

ここがわからなかった悔しい!と原動力にして邁進していくのか、

どちらを選ぶかは個人の勝手であるが、そうやって人は成長していくのだろうと考えた。

 

自分の意見・考えを述べるのは正直こわいものがあるけれど、

それではいつまで経っても「自分の立ち位置」がわからない。

 

何がわかって、何を知らないのか。

それがわかってはじめて自分がわかるのではないか?

「自分を知る」とはそういうこと。

 

 

 

 

ただ文章を書きたくて。

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ブログっていうものはもっと気軽で、

素直に思うことを吐ける場にしたい。

 

「お前の記事は面白くない」

「そこらへんの記事をコピペして集めたものの方が面白い」

「ただのレポート記事」

そんなことを言われた経験があって、もう記事なんて書きたくないと思った。

 

見られることを意識して、自分の言葉というよりは

無難で当たり障りのない言葉を使って書いていた時期がありました。

 

言いたいことはわかるがなんだか面白みに欠ける記事。

自分の言葉は何処に?というように、私の言葉はそこになく

ただあるのはどこかで見たような言葉の羅列。

「そこらへんの記事をコピペして集めたものの方が面白い」

確かにそうかもしれない。

 

文章を書くことが好きだったのに嫌になってしまった。

私は何を意識しているんだろう。

人の言葉なんてそんなに重く受け止めることなのか?

そう思うようになって、もう一度文章を書くことにしました。

 

以前使用していたサイトはお休み。

新しくこの場所でひっそり書いていく。

 

「ただ文章が書きたくて」